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ドイツ整形靴技術とは

 

 第一次大戦後のドイツでは、戦傷によって多くの足部障害者が生まれました。その対処のために、整形外科医と製靴職人が協力して、補装具としての製靴技術の開発に着手しました。その製靴技術の担い手が整形靴マイスター(O.S.M.)です。
 ドイツ整形靴マイスターは、先輩マイスターの工房で3年半見習い、その後全国の工房を訪ね歩いて3年修行し、専門学校で9カ月、足の解剖学、生理学、経営学までも学び、卒業試験を経た後、国家試験に合格して資格が得られます。
 現在ドイツでは、整形靴マイスターの資格制度をもとに、靴を造る技術だけではない、医学的知識と製作技術との両面をあわせ持つマイスターが活躍しています。足部障害者の歩行をサポートできる靴の開発は、その後における医療・福祉制度の進展に支えられながら発展しています。

                             
                                  ドイツにおける色々なマイスター制度


                        
                         ショット家4代のマイスター証書

 

K・H・ショット(Karl Schott)氏は優秀な整形靴マイスターの一人で、2012~2014年まで国際整形靴技術者連盟(IVO)の会長を務め、現在は、IVOとWHOとの折衝役として、装具、特に靴、インソールの国際的な標準化、マニュアル化、教育制度の統一に向けて、全世界を飛び回っています。また、オーストラリアのSouthern Cross大学で教鞭を執り、ドイツ整形外科靴技術の後継者育成に尽力しています。

K-H ショットプロフィール:ドイツ整形靴マイスター(O.S.M.)

1961年 ドイツ・ホーンバーグ生まれ。曾祖父、祖父、父ともに整形靴マイスター(O.S.M.)

1979年 ハノーバー市にあるO.S.M.連邦組合の整形靴技術専門学校(ドイツでもっとも権威のあるマイスター養成専門学校)に入学。アルプレヒト・ブライマン氏(ドイツ整形靴マイスター協会元会長)らに師事し、厳しい研修期間を経て、専門学校を首席で卒業。マイスター資格を取得。

1987年 「何も知らない国だからみてみたい」という好奇心から来日。
日本の足と靴の事情に衝撃を受け、ドイツ整形靴技術の日本への普及の必要性を痛感する。

1988年 足と靴の科学研究所の専任講師・主任研究員として技術指導を開始。以来、何千人もの日本人の足を診断し、日本人のための靴の開発、普及、さらに、整形靴技術者の養成に尽力。日本の著名な整形外科医、靴医学会とも親交を深め、日本靴医学会などで頻繁に発表。オーストラリアでのドイツ整形靴技術の普及にも着手し、自分の工房(Shoe Tech Pty.Ltd.)を設立。ドイツ、日本、そして自分の会社のあるオーストラリアの3カ国を飛び回る多忙な日々を送る。

1997年 朝日新聞「ひと」欄で活躍ぶりが紹介され、日本でのドイツ整形靴技術の普及にはずみをつける。

 


整形靴に携わる全世界の技術者の必読書、
「Orthopadie Schuhtechnik」誌に記事として紹介された。

 

 

 
 
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